Saturday, February 03, 2007

日本の大学制度の課題について、舘昭氏の記事を読んで

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今回はいつもと少し違った話題。日本の大学制度の課題について。

桜美林大学の舘 昭氏が「改めて『大学制度とは何か』を問う」という記事を「カレッジマネジメント」の134号(Sep-Oct,2005)から142号(Jan-Feb,2007)に連載している。

内容は、
1.そもそも「学位」とは       日本の現状には歴史的、制度的な不整合がある
2.そもそも「大学院」とは      大学院は本来大学の一部である
3.そもそも「教員組織」とは    何でもありにせず、デパートメント制の確立を
4.そもそも「教育研究組織」とは 「教育と研究の分離」は大学の自殺宣言
5.そもそも「単位制度」とは    単位は与えられない与えられるのはクレジット
6.そもそも「学生」とは       正規学生は学位学生のこと
以上の6回にわたって日本の大学制度の基本概念について問うている。

大学で仕事をするものとして若干の感想をまとめてみた。

かなり以前のことだが、大学の教務事務システムを開発する仕事に関わった際に、大学の教学的制度について「システム化」という視点からではあるが概念の定義やその諸関連を調べたことがある。大学と大学院の関係、単位やGPAのあり方、学期制・セメスター制と学年進行、学生数のとらえ方などについて調べたのだが、その時にいくつかの矛盾点やおかしな点に気づき、疑問を持ち続けていた。

舘氏の記事は、そのいくつかに言及しており、あらためて問題点が整理でき参考になった。

たとえば:

その1.

「日本の大学制度を混乱させている元凶のひとつは、大学、短期大学、大学院、学部、学科といった機関や組織と、学生が学習する教育課程や組織を一体化させてしまったことにあるのです。」という舘氏の指摘に関連して

たしかに、教員組織ともいえる「学部」という縦割りの単位で、教育課程(教育プログラム)を組む形になっているので、学際的になるほど対応のとりにくい制度となっている。そのために、本学でも、学部横断的なカリキュラムを組むのに「学部共通コース」とか「共同開講科目」という形で、「学部」という枠に縛られながらそれを乗り越える「工夫」をこらすことになる。こうした事情は他の大学でもほぼ同じだろう。

こうした状況について、中教審「我が国の高等教育の将来像(答申)」2005年1月28日では、

「現在,大学は学部・学科や研究科といった組織に着目した整理がなされている。今後は,教育の充実の観点から,学部・大学院を通じて,学士・修士・博士・専門職学位といった学位を与える課程(プログラム)中心の考え方に再整理していく必要があると考えられる。」

という考え方を示してはいるが、具体的な方策が提案されているわけではない。

大学設置基準などの改正により、教員組織、教育組織はかなり自由に編成できるようにはなったが、舘氏も指摘しているように、とくに大学院では学環・学府とか研究院・学府などと名称も含めてわかりにくく、かえって混乱している。
結局、「(大学院重点化政策により)重点化された大学では、大学を本務とする教員は居なくなり、兼任者しかいない大学というところに置かれた、大学とは区別される大学院にだけ本務者がいるということになった。そして教員は大学の教員ではなく、○○大学大学院の教員だという、不思議な組織が生まれたのである。」と舘氏は言う。

先生方からはお叱りを受けるかも知れないが、いっそうのこと現在の「学部」という枠そのものを見直すことが必要なのではないかと思う。現状では、教員はいずれかの「学部」に所属し、学生もいずれかの「学部」に所属し、教育プログラムも基本的には「学部」の枠の中で検討され、科目もいずれかの「学部」が提供するという、すべてを「学部」という枠組みのなかに閉じ込めざるをえないような仕組みが硬直性を生み出しているのではないだろうか。
さらに各種の統計調査なども常に「学部」という単位を基本にして把握・集計するような形式が続いているため、大学側は常に「学部」という枠を意識した上で、その枠内で教育プログラムを「工夫」するという形にならざるをえない状況があるように思う。

科目内容など教育プログラムは、分野ごとに括られた教員組織としての「ファカルティ」単位で検討すればよいが、科目自体は「学部」で開設するのではなく大学で一本で開設すればいいのではないだろうか。

舘氏は、「日本の大学の組織構造をアメリカ型に持ってゆこうというのならば、同一分野の教員組織は一つにするべきである。日本で「大学院」と「学部」といっているのは、グラデュエート(卒後)レベルかアンダーグラデュエート(卒前)レベルかという学生の学習課程のレベルの区別であって、教員の組織のことではない。」と指摘している。


その2.

学生を分類する際に、正規学生・非正規学生と言ったり、フルタイム・パートタイム学生と言ったりするが、これらの定義が時々で異なり、曖昧なままであるという氏の指摘に関連して

これなども、統計調査毎に定義が微妙に違っており現場が振り回されるところである。

これに絡んで、私は以前から疑問に思い考え方を変えた方がいいと思っていることがある。「学年」というもののとらえ方とカウントのし方である。

本学では、単純に1学年(通常4月から3月)を経過する毎に1年カウントアップしている。これに休学期間が入ったり、セメスター制が導入されるなかで、学年進行の計算方法はややこしくなっている。他の大学でも多分似たり寄ったりだろう。もっと単純に、修得した単位数(クレジット)をもとにカウントする方法に改めるべきではないかと思う。

アメリカでは Freshman,Sophomore,Junior,Seniorと呼んでいるが、これは単位数(クレジット)をもとに集計しているのだと思う。とくに在籍期間がまちまちなパートタイム学生を多く受け入れ、さらに大学間をトランスファー可能にするためには、この方法でないと把握できないし、互換できないだろう。
cf. http://registrar.colstate.edu/semconv/PAGE8.HTM

「大半の大学ではセメスター制を摂っています。日本とは異なり、各学期ごとにコースが修了し、成績がつけられ単位(credit)を取得していきます。卒業することは、『必要とされる単位を取得して学位を取る』ことを意味します。」 http://www.alc.co.jp/sabrd/usa/seiseki/01.html

舘氏は連載の最後で、パートタイム学生の増加を考慮するなら、学生数を単純な頭数で計算したのでは学生数の水増しになるとして、「フルタイム・イクイバレントの概念」を導入すべきと指摘している。フルタイムとパートタイムの学生をあわせて、フルタイム学生何人分になるかという換算方式が必要だとしている。

記事は、個々には少々わかりにくい部分もあったが、全体としては大学制度の問題点を整理する上で参考になったので紹介と感想をまとめてみた。

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